いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2007_08

2007-08-30
エミリー・シモン、植物的/魔術的

[音楽] Emilie Simon

 Emilie Simon (エミリー・シモン)。フランスの女性歌手。容姿や声や歌い方はまるっきりのフレンチ・ロリータなのだが、作詞、作曲、編曲からプログラミング、プロデュース、アートワークまでこなす。そのような才女ぶりからしばしばビョークケイト・ブッシュと較べられる。"Fleur de Saison"や"Desert"などのPVを観ると「植物的/魔術的」とでも言えるような一筋縄ではいかない独自の世界観が感じられる。

(2007.9追記)

2007-08-28
皆既月蝕

 職場の部屋の窓から良く見えた。

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福沢一郎

 瀧口修造とともに逮捕された福沢一郎について調べてみる。弾圧前の瀧口修造はブルトンの動向を意識してそれに併走しようとしていたふしがあるが、福沢一郎にはそのような確信犯的な政治的意図は無かったようだ。だから転向表明後も瀧口のような屈折した挫折感は持たなかったのではないだろうか。

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[書籍]

2007-08-26
無風

 風が吹けば涼しいんだが。

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[メモ]

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[音楽] Riverside

 ポーランドのプログレ・グループ。結構演奏が上手い。オーソドックスながら一味違うのは、ポーランドの風土故か。

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[音楽] Athesia

 カナダの女性ヴォーカリスト。

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[音楽] Monica Molina

 スペインの女性歌手。有名なフラメンコ歌手Antonio Molinaの娘。ブニュエルの「欲望のあいまいな対象」等に出演した女優Angela Molinaとは姉妹。18歳の時に女優としてスクリーンデビュー(1986)。彼女の1st.アルバム"Tu Desperida" (1999)は弟とともに制作した父の追悼アルバムだった。2年後の2nd.アルバム"Vuela" では、ボレロ、バラード、ファドを歌って1作目以上の大ヒットとなり、2002年の Latin Grammy AwardsのBest Female Pop Vocal Albumにノミネートされた。

2007-08-25
蓄積疲労

 夏の疲れが出始めたのか、無茶苦茶ダルい。

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瀧口修造問題

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[メモ]

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[メモ] 渡邊安治

2007-08-20
包帯美人

 Romain Slocombe(ロマン・スロコンブ)のCD-ROM写真集"beauties in bandage"届く。包帯による拘束が若い女性を「人形化」するメカニズムが興味深い。

[メモ] Romain Slocombe

2007-08-18
盆を過ぎたら急に涼しくなった

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[書籍] 図書館で借りた。

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[メモ] ベルメール関連

2007-08-15
再び、坂崎乙郎

 坂崎乙郎『夜の画家たち』購入。いま出版されている坂崎乙郎の本はこれ1冊のみだ。旧版は読んだことがあるが、今のうちに買っておかないと何時絶版になるか分からない。このような状況には苛立ちと絶望を覚える。これは坂崎乙郎が徒党を組まなかったせいなのか。彼こそが本物だったのに。

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[書籍]

2007-08-14
酷暑

 例年にないほど暑い日が続く。これで風があれば救われるのだが、ほとんど吹かない。昼間はパソコンがイカレそうで動かす気がしない。

2007-08-12
炎天下の日曜出勤

 部屋の中は34℃。エアコンも扇風機も無し。これ位の気温で且つ風が止むと仕事向けの思考回路が停止することが判明した。洒落にならん。

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[メモ]

2007-08-11
「澁澤龍彦 幻想美術館」

 札幌芸術の森美術館の「澁澤龍彦 幻想美術館」展に行く。今日、「巖谷國士トーク&図録サイン会」があったので、聴講して図録にサインを貰ってきた。明治学院大学教授で日本の「シュルレアリスム研究の第一人者」と言われる巖谷國士氏がどのような人か興味があったのだ。(澁澤龍子氏も会場に来ていた。)
 近くで見た巖谷氏の印象は、「文筆家であって学究ではない」というものだった。なんとなくニオイで分かるのだ。彼がベルメールの研究者でない事は良く分かっているのだが、それにしても「道徳小論」のシリーズ(図録P.31)のタイトルがまるでデタラメなのは解せない。いったいどうした事だ? この誤りが系統的であれば、何らかの参照データが存在する可能性も考えられるのだが、巖谷氏が監修した『ハンス・ベルメール (シュルレアリスムと画家叢書 骰子の7の目)』の記載データとも食い違っている。こんな誤データの量産は迷惑なのだが。
 まあ、収穫は山本六三のタブローを見ることができたことだ。これには感謝したい。ただ、「澁澤龍彦が山本六三を賞賛した」という認識があるとするなら、それは誤っている。実際に「銅版画のマニエリスト 山本六三」を読んでみれば分かるが、かなり意地の悪い文章だ。澁澤は自分の仲間とそうでない者をはっきり区別する人間だった、と私は思う。彼にとって、山本六三は生田耕作の色の付いた画家だったのだ。山本六三は件の評文を読んで激怒し、自分が持っていた澁澤の著作のほとんどを捨ててしまったという。さらに、この件を周旋した友人とも絶交してしまった。その理由は、澁澤の文章を読めば分かる。
 貶してばかりというのも何だから、巖谷氏を見直した事についても紹介する。トークの中で彼の口から<澁澤は他人の意見をさも自分の意見のように言った>という趣旨の発言が飛び出した時は少し驚いた。「他人の物は自分の物」とか「パクリ」という言葉すら出てきた。私は、巖谷氏が澁澤のベルメール論を語るときに「少女コレクション序説」のナルシシズム的人形愛論を無視して、専ら呪術的人形観を語った箇所を引用していることに奇異な印象を持っていたのだが、もし仮に、澁澤のナルシシズム的人形愛論に<元ネタ>があったとしたら、巖谷氏の言動には合理的な背景があることになる。もちろん、あくまでも仮定の話であり、今後の検討を要する。
 いずれにしても澁澤に関しては、元ネタの問題は要注意なのだ。もうそろそろ彼を偶像化するのはやめて、彼の業績を冷静に評価すべき段階に来ていると思う。さらに言えば、以前刊行された雑誌で行われた、彼の年譜から矢川澄子(最初の夫人)の記録を抹消するような暴挙は二度と許すべきではない。

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[書籍]

2007-08-10
この湿度ぉー

 8/4〜8まで京都と東京で野暮用。湿度は有りまくりだが潤いは無し。気晴らしは、移動日にヴァニラ画廊に寄った程度。帰りの日に2時間ほど余裕があったので国立西洋美術館の「パルマ展」に行こうかと思っていたのだが、よく考えると今は夏休みだ、ということで断念。
 ヴァニラ画廊では「三鼓善行作品展」。女の尻や乳房や性器やその周辺の曲線に対する男のオブセッションを端的に展開した架空生物のオブジェ。どことなくベルメールやアルプを連想させる作品群。その一点では共感する。しかし、このような作品に対してわざわざ進化論的な理屈付けをする必要があるのか、と疑問に思う。もっとストレートに、「これが自分のオブセッションだ。文句あるか。」てなコンセプトで展示した方が良かったのではないかと思う。ただし、「パンティの化石」だけは、古生物学的な趣向を装いながら他とは異なるエスプリが感じられて気に入った。帰り際に、「人造乙女博覧会」のパンフと、富崎NORIのデジタル画集「幻の箱で創られたお人形」(CD-ROM)を購入。「人造乙女博覧会」は見たかったな。
 で、耐え難い暑苦しさからやっと帰還できたと思ったら、札幌も蒸し蒸しじゃねーかよ。

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[書籍]

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[メモ]


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2007年8月
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