いもじな日々

−作業記録と雑感−

最新 Index  

2008_09

2008-09-28
今度はプライベートが忙しい

−−−
[音楽]

大貫妙子

中森明菜 「難破船」 (加藤登紀子 作詞・作曲の名曲)

−−−
[メモ]

2008-09-27
札幌はいつの間にか寒くなっていた

 ストーブが故障したままだ。マフラーを首に巻いてパソコンに向かっている。

−−−
[メモ: ベルメールの周辺]

2008-09-26
ようやく一息

 9/21-9/26、仙台(国際会議)。これで何重にも積み重なった期限付きの仕事の山から一時解放されて小休止出来る。

2008-09-20
「韓国のブニュエル」 キム・ギヨン(金綺泳)

 韓国で「キム・ギヨン コレクション BOX SET」が発売されたとの情報を得て、ずっと気になっていたが、ついに注文。Amazonとかには無いが、一応日本でも入手可能だ。収録作品は、「高麗葬」(1963年)、「蟲女」(1972年)、「肉体約束」(1975年)、「異魚島」(1977年)の4作品。最高傑作と呼ばれる「下女」は収録されていないが、第61回カンヌ国際映画祭で復元版が公開されたばかりなので、いずれDVDで発売されるだろう。

2008-09-19
街猫擁護論

 野良猫に餌をやることの是非はともかく、街の猫がネズミの増殖抑制に役立っていることを見落としてはいけないと思う。

2008-09-18
ベルメールと『O嬢の物語』初版

 ジャン・ジャック・ポヴェール (Jean-Jacques Pauvert)が出版した『O嬢の物語』初版の扉(タイトルページ)にベルメールの版画が使用されている。以前リンクしたページが消えていたので検索。同じページはなかったが、他に収穫有り。

[Hans Bellmer and the first edition of "Histoire d'O"]

2008-09-17
寝不足で頭が朦朧。

 めずらしく新自由主義のネタを振ったら、とたんにリーマン破綻かよ。タイミング合い過ぎ。

−−−
[メモ: ベルメール、人形]

−−−
[音楽] ナツメロ

2008-09-16
秋の風。味わう余裕無し。

−−−
[音楽] 古内東子 懐かしい

 3年ぶりに新しいアルバムが出るらしい。(→Amazon.co.jp

2008-09-14
満月。犬歯が伸びてきたような気がする。

−−−
[メモ] YouTube。象徴派絵画とか気に入った歌とか。

−−−
[メモ] ベルメール他

2008-09-13
従妹の肖像

 ハンス・ベルメールが彼の「人形」を制作する際に、母方の従妹ウルスラ・ナグシェフスキー(Ursula Naguschewski)をモデルとしたという説がある【例えば、澁澤龍彦『幻想の彼方へ』(美術出版社, 1976.8.5)p.82】。しかし、この説に対しては、私は以前から疑問を持っており、いずれ批判的な検討を行いたいと考えていた(→2003-10-19 同人誌「魔王」創刊号)。
 その文章のタイトルだけは既に考えていたのだが(↑)、時間が無くて手が着かなかった。また、いくつか重要な傍証を持っていたが、決定的な証拠はなかった。驚くことに、ベルメール芸術においてウルスラの存在が非常に重要であったにもにかかわらず、彼女の写真や肖像画が見つからないのだ。同人誌「魔王」には、ウルスラの姿を描いたベルメールの絵が掲載(外国の書籍から転載)されていたが、その絵にはなんと顔がなかった。私は、それが元々そういう絵だと思っていた。ところが、それがトリミングされたものだということを最近発見した。トリミング前の絵の画像が見つかったのだ。

この絵を見ると、ウルスラはどちらかというと丸顔である。この顔の特徴は、資料として公開されている写真にあるベルメールの母親や叔母、そして「ウルスラの妹」(とされている人物)によく似ている。また、この顔は、ベルメールの絵にしばしば登場する丸顔の少女にも似ている。それに対して、この顔を見てウルスラがベルメールの人形のモデルになったと、はたして思えるだろうか?

もちろん、人形は見る方向によって表情を大きく変えるし、作品の造形がどれほどベルメールの当初の創作意図を反映しているかについては不明なため、断定的なことは言えないが、ベルメールの意図をより明確に伝えると思われる初期の写真を見る限り、人形の顔はウルスラというより妻マルガレーテに似ているように思われる。

2008-09-11
1973.9.11 チリ

 (→2003-09-11
 (→2007-09-11

 チリの9.11を知ることは今の世界を理解することにつながる。

[書籍]

2008-09-09
初秋? 日が暮れるのが早くなったようだ

[音楽] Blossom Dearie 秋の夜長用

−−−
[メモ: ベルメールと正方形問題]

 「正方形写真の問題」というユニークなテーマを見いだしたのは、調(しらべ)氏の功績である。もともとベルメールの写真から気付いたとのことだが、このテーマの射程はそれに留まらないことは明らかだ。しかし、上でリンクした文章についてはいくつか疑問がある。また、ベルメールが第二写真集で正方形写真を使った理由についても別の考えを持っているが、今時間がないので、論点を簡単に箇条書きにしておく。
 
 (1) 二つの眼から得られる人間の視野は横長の長方形(あるいは楕円)であるが、視野の中の或る対象に意識を集中する場合には、視野の左右の領域に関する情報処理が省略される結果、擬似的な縦長視野が現れる。このことは、写真が登場する以前から縦長の用紙を用いた書籍が主流であった事とも整合する(日本では、もともと縦書きだ)。また、映画ではTV版作製のために左右をトリミングしても大きな支障をきたさない場合が多い。各場面において重要な被写体は画面の中央で扱うからである。また、解剖生理学的に見ると、視野中央における縦長の領域は、両目の視野が重なる領域に対応し、精密な情報収集に適している。
 この二種類の視野の使い分けを、戦闘の場面を例にとって考えてみる。まず周囲に気を配りながら敵を探す時、我々は注意を広範囲に拡散させる。このときの視野は横長だろう。そして、視野内の或る位置で何か動く物があることを知覚すると、直ちに意識をそれに集中するが、それ以前はそれが何であるかははっきりとは判らない。首を回して敵らしき物の像を視野の中心に置き、それに関する情報処理を開始する。このような時、多くの場合、重点的に情報処理が行われるのは敵と自分を結ぶ線に沿った領域である。あれは敵か?[敵だ!] 敵の様子はどうか? 敵との距離は? その間に障害物は有るか? あるいは身を隠すものは有るか?...この瞬間の実質的な視野のフレームは縦長であろう。
 これに対し、正方形の画面を最初から与えられた時は、場合によっては、上下あるいは左右の視野が狭められ、情報の一部が遮断されたような圧迫感と不安を感じるかもしれない。
 以上のことから、調氏の「縦長の長方形も人間の視覚にはない」という指摘は妥当ではなく、これにより、調氏が出発点とする、<我々が長方形の写真を見慣れているために、それが自然だと思い込んでいるのではないか>(「我々が正方形を不自然だと感じるのは、写真的な長方形を自然だと感じてしまうようになっているからではないか。我々は写真のない世界を想定して、そのときの視覚を自然なものとして前提にしようとするが、果たしてそのようなことができるのか、甚だ疑問である。」)という議論が成立しなくなる可能性がある。
 
 (2) 調氏の指摘するように、ベルメールの第一写真集では縦長の用紙に縦長の写真が貼り付けられているのに対して、第二写真集では正方形の写真が用いられている。正方形の写真は、人形だけではなくその周囲の空間も入れ込まなければ構図が成立しない。それがベルメールの当初からの意図であったかどうかはともかく、正方形のフレームを用いることによって、結果的にデペイズマンの効果的な導入が可能になったことは明らかだろう。
 しかし、私がまず注目したいのは、ベルメールの第一写真集に縦長の写真しか用いられていないのは何故かという点だ。ベルメールがパリに送り、「ミノトール」誌に掲載されることになった作品群には横長の写真も含まれている。少なくとも第一の人形の制作段階では、ベルメールは、写真集を作ることを最初から具体的に考えていたわけではないようだ。これは推測にしか過ぎないが、人形と写真からなる(今で言う)インスタレーションのような展覧会を考えていたのではないだろうか。すなわち、工業製品の実物とその製造工程を示す写真からなる展示会の模擬である。この場合、写真の縦横の寸法比はほとんど問題にならない。しかし、写真集を制作する場合は状況が異なる。横長の写真では、縦長の写真に比べてサイズを著しく縮小する必要がある。幾何学的に極めて几帳面であったベルメールにはそれが許せなかったのではないだろうか。そして、第二写真集では、第一写真集の教訓に基づいて最初から正方形の写真を撮ることにした。
 もちろん今の議論には多くの推測が含まれているが、一つの仮説としては成立しているだろう。ちなみに、余談だが、以前、或る写真家の展覧会を訪れたとき、ほとんどの写真が正方形であることに気付いた。そこで、その写真家に正方形の写真を使用する理由を聞いてみた。その答えは、ハガキや本などの縦長の用紙に対して収まりが良いから、ということだった。

−−−
[メモ]

2008-09-08
腰が痛い、胃も痛い

−−−
[メモ] 神経心理学 (→2007-10-11 [メモ:Bellmer論の周辺]

−−−
[音楽] Mylene Farmer (ミレーヌ・ファルメール)

2008-09-07
陰謀論

 今日付けの朝日新聞朝刊の書評欄で唐沢俊一がこんな事を書いていた。

 実は人間は陰謀論が大好きなのだ。その論に乗っかることで、世の中の混沌の責任を誰かに押しつけることができて、単純化して理解できるからである。こういう大衆心理を利用したヒトラーは、ユダヤ陰謀論を唱えて、ドイツ国民の多くをナチズムに傾斜させた。陰謀論は人を思考停止状態に追い込むのである。
『世界陰謀史事典』書評

 言いたいことは分からないわけではないが、この文章には若干違和感がある。例えばアメリカのイラク侵攻を想起しよう。権力のプロパガンダによって形成された(可能性のある)人々の常識に対抗して裏読みをする議論に対して、問答無用で「陰謀論」と決めつけることこそ、「人を思考停止状態に追い込む」行為ではないのか? 大切なことは、人々が多くの情報を持ち寄り、具体的な根拠に基づいて徹底した議論を行うことだ。この場合、様々な角度からの検討が不可欠であって、或る一つの見解を「陰謀論」として排除してはならないのだ。この文章の調子を見ると、まるで「陰謀論=ヒトラー=悪」という印象を与えたいかのようだが、1933年の「ドイツ国会議事堂放火事件」はナチスの陰謀であると当初から指摘されてきた。このような主張すら「陰謀論」にされてしまうのか?
 ここで最後に、この文章の内容から少し離れて、次のようなテーゼを主張しておこう。「根拠無く陰謀論のレッテルを貼りたがる者は、何かを隠そうとしている。」

−−−
[アート] 山本タカト

2008-09-06
じめじめした日が続いている

 太陽黒点の数が異常に減少しているという報道があったが、これから寒冷化が起こるのか? 温室効果ガスによる温暖化との関係は? そもそもヒートアイランド現象の議論は何処に吹っ飛んだのか? ...なんだかいろいろ胡散臭いな。

−−−
[書籍]

−−−
[音楽] Louisa John-Krol (ルイーザ・ジョン=クロル)

 オーストラリアの「妖精系」音楽の女性アーティスト。

2008-09-04
苦行

 漫画家が「落とす」気持ちが良く分かる。

−−−
[メモ]

2008-09-03
『精神分析黒書』(Le livre noir de la psychanalyse)

フランスでこんなタイトルの本が出版されて、話題になっていたらしい。 (→Amazon.fr

2008-09-01
湿度高し

 人間ドック。疲れた。

−−−


最新 Index  

2008年9月
日曜鋳物師のページ