いもじな日々

−作業記録と雑感−

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2009_02

2009-02-28
MUSUME。TAL

 懐かしい音楽がYouTubeに上がっている。原曲のアレンジを遙かに超える秀逸なメタル・リミックス。

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[音楽] Kate Price

 アメリカの歌手/ハンマーダルシマー奏者。ケルト・フォークっぽい伸びやかで透明感のある声やペルシャが起源の打弦楽器であるハンマーダルシマーの音色が魅力的。

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[造形] McFARLANEの"Red Riding Hood " (→2005-05-28

 redridinghood.jpg(60074 byte)

 偶然ヤフオクで発見。Amazon.comでは結構高い。やはり量産品なので、ペイントの迫力はMcFARLANEのサイトの画像には及ばないが、デザインのアイデアは最高だよな。

2009-02-27
ムフタール街88番地(88 rue Mouffetard)

 ハンス・ベルメールは戦後、南仏を離れてパリに戻り、ムフタール街88番地に居を定めた。ベルメールが住んでいたHotel Espéranceのあった場所は、今はレストランになっているらしい。ストリートビューで見てみようと思ったが、この辺りは未だカバーしていなかった。

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[メモ: ベルメール関連]

巖谷國士のベルメール論

 以下は、エディシオン・トレヴィル版の写真集「THE DOLL」(新版)の宣伝文。

 呪術的球体関節人形という表現は、巻末の巖谷國士氏のエッセイの主張に依拠している。彼は、この他に河出書房新社の『ハンス・ベルメール (シュルレアリスムと画家叢書 骰子の7の目)』の増補新版でも、ベルメールの球体関節人形を呪術的と評している。とりわけ後者では、澁澤龍彦の「ハンス・ベルメール、肉体の迷宮」を引用する形でこの主張を述べているのだが、奇妙なことに氏自身がそのように考える根拠を一切示していない。その結果、澁澤のベルメール論の一方の極であるナルシシズム的人形愛論は意図的に無視されることになる。

 これは一体どういうことだろうか? 彼の主張が単なる印象批評に基づくという事ならまだ良い。しかしそれならば澁澤の文章を恣意的に引くべきではない。私は、彼の主張の背後に、アンドレ・ブルトン(『魔術的芸術』)の<権威>への追従があるのではないかと密かに疑っている。

 穿ち過ぎだろうか? しかし私には、上に引いたような「呪術的球体関節人形」なる見解が、ベルメールについての具体的な研究から導き出されたとはどうしても思えないのだ。

 ちなみに、『魔術的芸術』については、面白い評がある。ごく真っ当な議論だと思う。

2009-02-15
鋳造教室(at 魚々子)

 昨年の第一回(→2008-01-19)から1年。今年は参加人数を半数に絞って実施した。先入観念の無い参加者を相手にすると発見も多いものだが、今年は、抜け勾配のことをさんざん教えていたのに、とても型から抜けそうにない「とぐろ巻きウンコ」の模型を作ってきて、それでもなんとか抜いてのけたのには、感心するやら呆れるやら。

angel2.jpg(42396 byte)
昨年の模型を改修したバージョン。

2009-02-14
6℃

 暖かい。しかし風邪気味。

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[音楽] J・A・シーザー

2009-02-11
久しぶりの休日

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[音楽]

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[メモ]

  • ブラッケン・ダーキンの肖像
     花輪銀吾の「創造主の機械観」の紹介エントリー(カラー画像あり)→メカ/少女
  • たがやしいちろう の ○○ (仮)
     「フタリ■シヅカ」は閉鎖予定で、こちら↑がメインになるらしい。
  • 2009-02-07
    雪祭りが始まっている

     だが、休日出勤。毎年のことだ。

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    [音楽] Black Tape For A Blue Girl (→2007-11-07) (→2008-07-06

     1986年結成のアメリカのゴシック/ダークウェーブ・バンド。

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    [造形] リアルアレンジ01 一騎当千GG 関羽雲長

     3日ほど前に届いたのだが、その後で再度Amazon.co.jpを覗いたら、いきなり4000円も高くなっていて驚いた。(@@)

    2009-02-01
    甘い睡眠

     私は共感覚の持ち主ではないと思うのだが、先週のように睡眠時間が2〜3時間という日が何日も続いた後は、睡眠が甘く感じられることがある。

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    [メモ]

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    [日本文化論、人形論]

    転換期:室町時代

    1. 雛人形に関する観念が現在のような形に纏まってきたのは、室町時代であったようだ。興味深いことに、同じ頃に「付喪神」信仰が広まっている。この様な意識の転換と、本覚思想との間には何らかの関連があるかもしれない。
    2. 天児(あまがつ)や這子(ほうこ)は、人(これらの場合は赤子や幼児)の厄を移して身代わりとする点では、形代や流し雛と同じ呪術的な道具であるが、実際には何年も側に置くことで特別な愛着が生まれ、身代わりとなって自分を守ってくれる或る種尊い分身のように観念されるようになっていったのではないだろうか? ここまで来ると、現代の<固有の尊厳を持った人形>というアニミズム的な人形観に近くなってくる。

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    2009年2月
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