セイレーンの姿

「セイレーンのペーパーナイフ」のためのエッセイ

ペーパーナイフ下絵 ペーパーナイフ二次モデル

ペーパーナイフの下絵とレジンキャスト製の二次モデル


セイレーンはギリシャ神話に登場する海の精です。海の孤島に住み、近くを通りかかる船乗りを美しい歌声で魅了し、船を難破させてしまったといいます。英語ではSiren(サイレン)、フランス語ではSirene(シレーヌ)と呼ばれます。

セイレーンについては、不思議に思うことが一つある。 たとえば、セイレーンを英和辞典と仏和辞典で引いてみると、奇妙な結果が得られる。英和辞典では、5冊引いたうち全ての辞書がセイレーンを「半人半鳥の海の精」と記していた。ところが、仏和辞典では、5冊中4冊が人魚と記しており、また1冊が「半人半鳥(魚)」のように両論併記していた。要するに、セイレーンには、半人半鳥と人魚という二つの姿が与えられており、英語では「半人半鳥」、フランス語ではおおむね人魚を意味するということがわかる。(しかし、国によって姿が異なるのは何故か?...まだよく分からない。)

セイレーンが登場する物語としては、「オデュッセイア」とアルゴー遠征隊の話が有名である。いずれの物語でも、主人公たちの一行はセイレーンの住む島を通りかかり、彼女らと遭遇する。「オデュッセイア」では、英雄オデュッセウスは、他の船員たちの耳に蜜蝋をつめて歌が聞こえないようにし、そして自らは体をマストに縛り付けることによって無事に通過した。また、アルゴー遠征隊の物語では、遠征隊のメンバーであった竪琴の名手オルフェウスの力によってセイレーンは魔力を失ない岩になってしまったという。

ところで、「オデュッセイア」ではセイレーンの姿は特に記述されていない。また、オデュッセウスの冒険を題材にした古いつぼの絵では、セイレーンは美しい女性の姿で描かれているそうである。

一方、人魚あるいは水の精としてのセイレーン(シレーヌ)をモチーフにしたものとしては、アール・デコ時代のフランスのガラス工芸家ルネ・ラリック(*1)の作品がよく知られている。
(参考 http://rene-lalique.com/lalique_Sirene.htm)

もう一つ「シレーヌ」という名前で思い浮かぶのが、永井豪の漫画「デビルマン」(*2)に登場する妖鳥シレーヌだ。このシレーヌは鳥の属性を持ったデーモンの女戦士という設定になっている。これまで私はセイレーンをどちらかというと人魚の姿でイメージしていたので、鳥のデーモンを何故「シレーヌ」と名付けたのか、実のところ、よくわからなかった。しかし、セイレーンのもう一つの姿が半人半鳥であるならば納得できる。

半人半鳥と人魚。何故このように全く異なる二つの姿がセイレーンに与えられたのだろうか?
一説によると、セイレーンはもともと川の神の娘で、水のニンフであったが、純潔を保つことに固執したために愛の女神アフロディテの怒りを買い、鳥の姿に変えられてしまったという。また、セイレーンが人魚のような姿になり、歌声で船を難破させるようになったのは、歌の女神に挑んだ歌合戦に敗れ、翼をもぎ取られてしまったことが原因だという。ただ、セイレーンを翼を持った人魚のような姿として描いている物語もあるようで、このあたりの情報はかなり錯綜している。

しかし、美術工芸品などのモチーフとして使われてきたのは、ラリックの例に見られるように、もっぱら人魚に近い姿のセイレーンだったようである。もともと、半人半鳥のセイレーンというのは、鳥の体に人間の女性の頭部が付いた姿(もしくは上半身が人間、下半身が鳥の姿、あるいはふともも以下が鳥の姿)をしており、子供に話す物語や工芸品のモチーフとしては不向きということもあるのかもしれない。

このようなセイレーン像の歴史を見てくると、「妖鳥シレーヌ」の造形はまさに画期的であったと思われる。人間の女性の体を基本としつつ、デーモンの女戦士にふさわしく、手(肘から先)と足(膝から下)に猛禽類の足のような鉤爪を備え、これらを武器とする。また、彼女の最大の特徴であり、また魅力ともなっている点は、頭部から生えた大きな白い翼である。この美しさと狂暴さとを兼ね備えた造形によって、シレーヌは、ある種の「イデア」を獲得したように思われる。そしてこの頭部の翼は、妖鳥シレーヌ以降のキャラクター(例えば、テレビゲームのFF8に登場するガーディアン・フォースの「セイレーン」)にも受け継がれることになる。

妖鳥シレーヌは現在も多くのフィギュアやイラストの題材となっている。原作者の永井豪が描くシレーヌは、もっぱら力対力の戦闘を旨とするアマゾネス的な女戦士であり、歌で相手を骨抜きにするような魔力は持たない。だが、他の造形家によるシレーヌ像には、独自の解釈によって性格付けされたものがある。例えば、韮沢靖がデザインしたフィギュアのシレーヌ(原型は薄井利光)では、デーモニッシュな美しさと狂暴さが際立っている。また、圓句昭浩によるフィギュア「空魔の舞」のシレーヌは、シュトゥック(*3)の描くサロメを彷彿とさせるような、「宿命の女」の正統な後継である。興味深いことに、これらの作品は、原作に忠実な造形より本来のセイレーンのイメージに近い謎めいた神秘性を持っているように思われる。

(*1) Rene Lalique (1860-1945)。アール・ヌーヴォー時代には宝飾デザイナーとして活躍した。サラ・ベルナールが愛用したトンボのブローチは特に有名。その後、アール・デコの代表的なガラス工芸家となった。

(*2) 少年マガジン連載(昭和47年6月11日号〜昭和48年6月24日号)。漫画でありながら、神話の高みにまで達してしまった傑作。

(*3) Franz von Stuck (1863-1928)。ドイツ象徴主義の画家。


ペーパーナイフ下絵UP

さて、今回制作したペーパーナイフは、頭部の翼という特徴を踏襲し、これをできるだけ生かすことを念頭に置きながら、歌をうたう魔力を持ったセイレーンのイメージを目指してデザインした(つもり...です)。

一応、セイレーンが卵(?)を大切に持ちながら空をゆっくりと降下している様子をイメージしています。卵を奪われたセイレーンが戦いの末に奪い返した後、というような設定ではどうでしょうか?

自分としては結構気に入ったデザインなのですが、まあ、デッサンが???だというのは仕方ないとして、モデリングに関してはいろいろ心残りがあるので(顔の表情がモデリングできなかったとか)、いずれもう一度挑戦したいと思っています。


1999年11月24日公開(2000年9月10日更新)
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